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京都地方裁判所 平成4年(行ウ)10号 判決

原告

藤田彦嗣

右訴訟代理人弁護士

勝又護郎

被告

相楽郡川西土地改良区

右代表者理事長

中川幸博

右訴訟代理人弁護士

大国正夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

平成二年一〇月二四日開催の被告の臨時総代会(以下本件総代会という)において、中川幸博を理事に選任した選挙が無効であることを確認する。

第二事案の概要

一請求の類型(訴訟物)

本件は、原告が、本件総代会における選挙の手続に重大な瑕疵があるとして、本件選挙の無効確認を求めた訴訟である。

なお、原告は、本件訴訟で選挙無効確認を抗告訴訟として提起している。しかし、その実質は、公共組合である土地改良区の役員選挙という役員選任決議の無効確認の訴えであるというべきである。したがって、当裁判所は、これを商法二五二条が準用される当事者訴訟として適法であると考える(最判昭三七・三・二三裁判集民事五九号五五三頁、最判昭四六・一二・一七民集二五巻九号一五八八頁参照)。

二前提事実(争いがない)

原告は、被告の組合員である。

被告は、役員の任期満了に伴う理事の選挙を本件総代会において行い、原告と中川を立候補者とする第九被選挙区の本件選挙において、中川が理事に選出された。

三原告の主張

1  原告と中川の属する被選挙区(第九被選挙区)においては、理事の候補者を推薦するための独自の選挙が行われた。その結果、原告が当選したから、中川の立候補は取り下げられたことになる。これを看過して行われた本件選挙は違法無効である。

2  本件選挙の手続は、被告の役員選挙の細則を定めた別紙相楽郡川西土地改良区役員選挙規程(選挙規程という)三条、四条、五条、一〇条、一五条に違反しており、本件選挙は無効である。

四被告の主張

1  中川の立候補は取り下げられていない。

2  本件選挙は、公職選挙法その他法令に定められた公的な選挙ではないから、選挙規程に反しても無効となるものではない。

3  本件選挙に仮に違法な点があったとしても、時の経過により既にその瑕疵は治癒されている。

五争点

1  中川の立候補は取り下げられたといえるか。

2  本件選挙は選挙規程に反しており、無効か。

3  本件選挙の瑕疵は治癒されているか。

第三争点の判断

一事実の認定

証拠(〈書証番号略〉、証人藤田幸成、同西野修、同宮田盛治郎、原告、被告代表者)、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一)  被告は、京都府相楽郡精華町菱田地区他六地区を対象とし、農業生産の基盤の整備及び開発を図り、もって農業生産性の向上、農業生産の増大等を目的として設立された土地改良区である。

その最高意思決定機関を総代会といい、対象地区を一五の選挙区に分け、各選挙区から選挙された総代三四名で構成されている。

役員は、理事一九名(うち一名が理事長、二名が副理事長)、監事三名で構成され、これら役員は、総代会において総代が選挙する(定款一七条)。

(二)  役員選挙に関する細則は選挙規程に定めがあり、対象地区を一三の被選挙区に分け、各被選挙区ごとに理事及び監事の定数が定められ、原告及び中川とも第九被選挙区(第九区という)に属し、理事の定数は一名である。

選挙規程には、別紙(抜粋)のとおり、選挙の時期(三条)、選挙の通知及び公告(四条)、選挙の管理等(五条ないし一〇条)、候補者の立候補等の届出(一五条)などの定めがある。

(三)  平成二年一〇月一二日、被告は、役員の任期満了(同月末日)に伴う理事及び監事の選挙を行うこと、その立候補締切は同月一六日、推薦の締切は同月一九日する旨の告示をした。そして、理事長中川名義をもって、各地区の総代及び農家の代表に対し、各被選挙区から理事候補者を推薦するように依頼した。

(四)  第九区においても、右推薦依頼を受けて同月一四日に開かれた第九区の役員会議(小組長会議)において、原告を理事候補者として推薦することになり、翌一五日、原告名義の立候補届が被告の事務局に提出された。

ところが、当の中川(当時及び現在も被告の理事長である)が既に第九区の理事候補者として独自に立候補届を提出していた。そのため、事務局では、第九区内で候補者を一名に絞ってほしいと要請した。

(五)  被告の役員は各被選挙区毎に定数が定まっており、各地区の利益を代表する者が、立候補ないし推薦されて就任することとされている。そして、従前から、同一被選挙区で定数以上の立候補希望者がある場合にも、各被選挙区内で話合いがなされて定数どおりに候補者を絞り、これを推薦し、総代会においては無投票で選出されてきた。したがって、定款の定めに従い複数の立候補者間で役員選挙が行われたことはこれまで一度もなかった。

(六)  第九区では、一〇月一六日組合員全員で構成された総集会を開催し、原告と中川のいずれを候補者とするか話合いが行われた。しかし、その調整がつかず、結局、第九区内で独自の選挙を行い、その当選者を第九区の理事候補者として推薦することに決めた。この総集会には中川も出席しており、右決定に対し特に異議を唱えなかった。

中川は、右決定の後、その日のうちに原告宅を訪ねた。「次回は譲るから是非もう一期やらしてほしい」というので、原告は、総集会の行われた場所に中川を連れて行き、その場に残っていた役員に話をさせたが、中川の右申入れはいれられなかった。

(七)  そこで、第九区では、自治会の協力も得て、同月一八日原告と中川を被選挙人とする選挙が行われた。有権者七五名中六九名が投票し、原告が四六票、中川が二二票を獲得し、原告が理事候補者として推薦されることが決定した。そして、翌一九日、改めて原告を第九区の理事候補者とする推薦届が被告事務局に提出された。しかし、この際、従前提出されていた原告の立候補届も、中川の立候補届も取り下げられることはなかった。

(八)  被告は、各被選挙区の役員の立候補ないし推薦を受けた(選挙規程一五条に定める公告や掲示はなされていない)。第九区のみ理事の定数一名に対し原告と中川の二名の立候補があったため、役員選挙が必要と考え、役員選挙と規約の一部改正を議案とする総代会を同月二四日に開催することを決め(この選挙の時期は選挙規程三条に違反している)、同月二〇日各総代宛通知した。右通知には、議案第一号として「役員選挙について」と記載されているだけで、選挙規程四条に定める通知や公告はなされなかった。

(九)  同月二四日開催された本件総代会(定数三四名中二六名出席)においては、事務局長から第九区の立候補届が二名から出されているとの報告があった(事務局では、原告に関しては推薦届より先に提出されている立候補届が優先するものと理解していた)。これに対し、第九区の総代は、前認定のとおり、原告が第九区内の選挙で理事候補者として選出され、推薦されるに至った経緯を説明した。

第九区の総代としては、原告が理事候補者として単独推薦されたものと考え、その旨を他の総代に説得したがいれられなかった。長時間の討論の末、結局、定款に則り第九区の理事についてのみ総代会で選挙することが決議された。

そして、選挙立会人三名を選出したのみで、選挙規程五条、一〇条に定める選挙管理者、投票管理者等は指名されないまま、無記名投票を実施した。総代三四名中欠席八名で、中川が二一票、原告が五票を獲得して、中川が第九区の理事に選出された。

その他の被選挙区の理事及び監事については、無投票で選出の承認がなされた。

(一〇)  翌二五日には役員選挙の結果が告示され、町役場の掲示場その他各被選挙区の掲示場にも掲示された。

(一一)  同年一一月五日付けで京都府知事に対し被告の役員就任届が提出され、同年一二月二八日付けでその旨が公告された。京都府においては、定款・選挙規程に照らして、被告の役員選挙には手続上の瑕疵があることを認めながらもなお有効と判断している。

二中川の立候補届の取下の検討

前認定一の各事実によると、理事長としての中川の言動には恣意的なところがあり、誠実さに欠けるところが多々あるが、中川がその立候補届を取り下げた事実は認められない。

また、前認定の各事実を考え併せても、原告が第九区において理事候補者として選挙で推薦されることにより、既になされた中川の立候補届が自動的に取り下げられたものということはできず、他に右取下を認めるに足りる的確な証拠がない。

三選挙無効の検討

1 前認定一の各事実によると、本件選挙の手続は、原告主張のとおり、選挙規程に定める選挙の時期(三条)、選挙の通知及び公告(四条)、選挙の管理(五条、一〇条)、立候補及び推薦(一五条)等の各手続に違反していることは明らかである。

2  土地改良法一三六条によれば、本件のような、役員の選挙の方法が、法令、定款、規約等に違反することを理由とする選挙の取消は、まず都道府県知事宛になされるべきことが定められている。しかし、本件全証拠によっても、同条によって行政庁に対し選挙の取消を請求した者もなく、また、行政庁が取り消した事実も認められない。だから、京都府知事による取消をまたないで、本件選挙が当然無効であるとはいえない(最判昭三七・三・二三裁判集民事五九号五五三頁参照)。

3  本件選挙無効確認の訴えに、前示のとおり類推適用される商法二五二条の場合に準じて、選挙の手続に重大な瑕疵があって到底選挙が存在するとはいえない場合には、選挙の不存在の確認の訴えにより、手続の瑕疵がそれに至らないものが取消の訴えの対象となる。また、選挙の内容が法令に違反する場合が選挙無効に当たるが、この選挙不存在、選挙無効の両者につき、選挙無効確認の訴えの対象とすることもできると考える。

4 そして、本件選挙の内容が法令に違反する事実はその主張も立証もない。そこで、以下、選挙の手続の前示瑕疵が、選挙を不存在ないし無効とすべきほどの重大なものであるか否かを検討する。

(一)  そもそも、本件選挙は、公職の選挙等とは異なり、土地改良区という地権者のみで構成された組織の役員選挙であって、選挙規程もその内部的な準則な定めたものにすぎず、それほど厳格な手続が要求されるものとはいえない。

(二)  選挙規程三条は、選挙の時期として、役員の任期満了の日前六〇日から一〇日までに行われなければならない旨を定めている。これは、役員の交替、事務の引継などを円滑に行うための規定であって、この時期を徒過したからといって、選挙そのものを無効とすべきほど重大な手続規定であるとはいえない。

(三)  本件総代会の招集通知には、選挙規程四条二項に定める投票の開始時刻などの記載はなかったものの、議案として役員の選挙が掲げられていた。

(四)  本件選挙においては、選挙規程五条、一〇条に定める選挙管理者等の指名がなされていない。が、選挙立会人三名が選出され、無記名投票がなされ、投票の際不正行為が行われたことを認めるに足る証拠がない。

(五)  本件選挙につき、選挙規程一五条四項所定の立候補者の氏名等の公告がなされていないが、原告及び中川の立候補の経緯については、前認定のとおり、被選挙区である第九区の組合員に説明され、また、本件選挙が行われた本件総代会においても、第九区の総代から、原告と中川間で推薦候補者を選出するための第九区独自の選挙が行われ、その結果原告が選出された経緯が説明されたうえ、長時間の討論の末、中川、原告の立候補を認め、定款に定める選挙が行われることが決定された。

(六)  本件選挙は、定数三四名中二六名出席の本件総代会において選挙が行われ、開票の結果、中川が過半数の得票を得て当選している。

以上の(一)ないし(六)の事実に照らすと、本件選挙における選挙規程三、四、五、一〇、一五条の違反は、本件選挙を無効ないし不存在とすべきほど重大な手続違反であるとはいえない。また、前認定一(九)のとおり、総代三四名中二六名が出席し、中川が二一票、原告が五票を獲得して、中川が当選したものであって、右各手続違反が投票の結果に影響を及ぼすものとはいえない。

したがって、右手続違反により本件選挙が無効ないし不存在であるとは認められない。

第四結論

よって、その余の判断をするまでもなく、原告の本訴請求は理由がない。

(裁判長裁判官吉川義春 裁判官中村隆次 裁判官佐藤洋幸)

別紙相楽郡川西土地改良区役員選挙規程(抜粋)

(選挙の時期)

第三条 役員の任期満了による総選挙は、その任期満了の日前六〇日から一〇日までに、その他の選挙にあってはこれを行なうべき事由が生じた日から三〇日以内に行なわなければならない。

(選挙の通知及び公告)

第四条 選挙の期日は、その期日の五日前までに書面をもって総代に通知し、かつ公告するものとする。

2 前項の通知及び公告には、投票開始の時刻、投票所、開票所、選挙する理事又は監事の数(被選挙区ごとのそれぞれの数、以下同じ。)及び投票用紙に記載すべき選挙する理事又は監事の数を記載するものとする。

(選挙の管理等)

第五条 選挙管理者、投票管理者及び開票管理者は、選挙ごとに理事長が理事会の決議により、本人の承諾を得て、総代の中から、それぞれこれを指名するものとする。

2 選挙管理者は、開票管理者を兼ねることができる。

第一〇条 選挙立会人、投票立会人及び開票立会人は、選挙ごとに理事長が理事会の決議により、本人の承諾を得て総代の中から各三人を指名するものとする。

2 選挙立会人は、開票立会人を兼ねることができる。

3 役員の候補者は、選挙立会人、投票立会人及び開票立会人となることができない。

(候補者の立候補等の届出)

第一五条 組合員でなければ、役員に立候補し又は、役員の候補者を推せんすることができない。

2 役員に立候補しようとする者は、当該選挙の期日の公告のあった日から選挙の期日の三日前までの間にその旨を書面でこの土地改良区に届出なければならない。

3 役員の候補者を推せんするには、組合員三名以上が本人の承諾を得て、前項の期間内に、その旨を書面をもってこの土地改良区に届出なければならない。

4 この土地改良区は役員の候補者となった者の住所氏名、所属被選挙区名、理事又は監事の別及び立候補又は被推せんの別を選挙の期日の前日までに公告し、かつ選挙の当日投票所に掲示するものとする。

5 役員の候補者が立候補を辞退し、又は推せんの候補者でなくなった場合には、立候補し、又は推せんした者若しくは、推せんされた者は、直ちにその旨を書面をもってこの土地改良区に届出なければならない。

6 第4項の公告のあった日以後において前項の届出があったとき、又は役員の候補者が死亡し若しくは第一七条の規定に該当するに至ったことを知ったときは、この土地改良区は直ちにその旨を公告するものとする。

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